(どうしても、元には戻れない。
決して、引き返せない。
引き返さないよ。
そんなことを考えてたら、影が落ちてきた。
だから、私は顔をあげたんだ。
立ち上がった、知盛に気付いて…顔をあげたら。
そこに、源氏と平家の間にある現実を見たんだ。










>運命河口<










第二章 −叶えられるべきは、たった一つ。そして…−



『こんな事になるなら…君を、籠の中に閉じ込めておくべきでした』

弓を構える兵達を、諌めるように片手を広げ、二人にゆっくりと近づく。
兵を指揮したのも、この人物…弁慶だった。
少し俯いた様子だったので、それまで表情は見えなかったが、顔があげられると…
普段の作戦への決断の時からは考えられない程、悲しそうな表情をしている。
悲痛な眼差しは、本心からの悔やみを思わせ、の胸に罪悪感が広がった。
それでもやはり、は自分の気持ちに嘘をつくつもりはない。

『弁慶…か。軍師としては、易々と逃すはずも無いな…』

この状況を楽しむ様に、知盛は立ち上がりながら呟く。
一度、生きる事を決意したからには、引くことは無い。
もとより、知盛自身が持っていた戦い好きの血…それが、沸々と滾り始めた。
目には、本来の色が戻ってきたようだった。
そんな知盛の様子に気付くと、は知盛を庇うように、弁慶の前に立つ。
変わる事の無い自身の決意を、その眼差しに篭めて、は弁慶の目を真っ直ぐに見た。
しばらくは、互いに見つめ合っていたものの、の揺るがない瞳に、弁慶はため息をついて、瞼を伏せる。
そして、次に目を開いた時には、あの『軍師の顔』だった。
鋭く、冷たく…そして、一点の曇りも無い。
恐ろしい程に低く、全ての情を押し殺したような声色で、けれど淡々と、弁慶は言った。

『…残念です』

そういって、知盛を見る事無く、その身を翻して兵士たちの間をすり抜けていった。
そのまま、少し高い段差に立つと、こちらを振り返り、すっと片手を上げた。
兵士たちは、空気でそれを感じ取ると、一斉に構え直した。
深呼吸をするように息を吸い込み、弁慶は号令を発しようとした。
その時。
誰かが駆け寄る音が船中に響いて、皆がその足音の方に目線を向けた。
駆け寄った二つの影が、と兵士たちの間に立ちはだかる。

『待って!!!』

叫んだのは、朔だった。
その少し後ろに立っているのは、景時。
兵士たちは怯み、弓を下ろし構えを解く。
そんな2人を、冷たい眼差しで見つめたまま、弁慶は問い掛けた。

『何をしているんですか?』

付け入る隙も無いほど、容赦の無い一言だった。
軍師として当然の事をしている。
危険な種を残しておくわけにはいかない。
決着は、きちんとつけるべきだ。
…そんな考えが、今の言葉に集約されているかのごとく。
それでも、朔は引かなかった。
キッと真剣な眼差しで、弁慶に言い放った。

『私は、こんな事をしていいとは思えません!!』

いつになく強い口調で言い切ると、と知盛を振り返り、優しく言った。

『貴女の事は、私が守るから』

今にも泣きそうな瞳で微笑みかけ、胸の前で組まれた手にぎゅっと力を込めた。
朔は、薄々ではあったものの、の気持ちに気付いていた。
知盛と戦うときだけは、どこかいつもと違う気がしていた。
それでも、それを問う事はできなかった。
あの戦いのさなかでは、その想いが明らかに禁忌だったから。
けれど、心の奥底で思っていた。
には、なんとしても幸せになって欲しい。
が本当に望んでいる願いを、気持ちを、叶えてあげたい。
…自分の様な思いを、決して、経験して欲しくない。

『(せめて貴女は、幸せになって…)』

ずっと、ずっと願っていた。
そして、ようやく戦いに終止符が打たれた。
ならば、今こそ幸せになって欲しい。
もう、二度と会えなくなっても。
二人でどこまでも落ち延びて、源氏も平家も無い世の中で生きて。
そう、思わずにはいられなかった。
朔の心に、色々な想いが渦巻いて、黙り込んだ。
景時は、急に考え込んだ朔の顔を覗き込む。
朔の気持ちを察して、景時は代わりに語りだした。

『これまでやってこられたのは、この子のお陰…違うかな』

普段は軽い口調が多いが、この時はとばかりに真面目だった。
腰に下がっていた銃を手に取って、見つめて。
ふっと、表情を和らげて独り言のように言った。

『俺がこんなに力を高められたのも、ちゃんのお陰なんだ…』

切な気に銃をさすって、弁慶に言った。

『もう、自由にしてあげない?』

その言葉に、弁慶はハッと思い返した。
初めてに会った時の事。
ここに来た経緯を聞いた時の事。
これまで、自分の世界でもないこの世界のために、命がけで闘ってくれた事。
17歳…その歳で今、自分の恋すら叶える事ができないのか。
弁慶の中は、非情な軍師の感情から、一人の人間としての感情へと移行していった。
戦いが終わった今、軍師としての役目を果たす必要は無い。

『そう…ですね…』

…本当は、わかっていたのだ。
弁慶だって、本心からを殺したいなどと思っていない。
むしろ、その逆。
感謝の気持ちや好意が、本音だ。
けれど今、その感情が逆に表情を険しくさせた。
できる事なら、この場所で、源氏側の人間として、共にいて欲しかった。
元の世界に帰るのも構わなかった。
敵になるのでなければ、誰と幸せになったって。
人として…大切な人物であった事に、偽りは無かったから。
けれど…この場所を離れると言うのなら。
それでも、敵を選ぶと言うのなら。
自分は、最後まで『軍師』であろうと決意した。
一度上がった段上から降り、の前に歩み寄った。
厳しい目線のまま。
慌てて弁慶を止めようとする朔を、手で遮って、鋭い眼差しのまま言った。

『早く、立ち去ってくれませんか。ここには<二人のための居場所>はありませんよ』

それだけを告げると、兵士達を振り返って、撤退を命じた。
一人、先頭を行く弁慶の一筋の涙を、知る者はいなかった。
そして、たった一言『さよなら』を言った弁慶の切ない囁きも。
そのまま背を向けて、源氏の陣の集まる丘へと歩いて行く。
あまりの出来事に、朔も景時も動けなかった。

「行こう……ここではないどこかへ…」

は、知盛に言った。
滾らせていた血を引かれて、知盛は残念そうに溜息をついた。
そして、自分の剣を抜くと、飄々とした口調で囁く。

『俺は…闘ってもよかったんだがな…』

その言葉に、ギョッとしたのは景時だ。

『ダ、ダメだよ〜ι今そんなことを言っちゃ〜!』

朔もまた、同じ気持ちで、知盛を諌めた。

『何を言っているの!早く行きなさい!!』

その言葉に動じた風もなく、知盛は剣を収め直す。
朔は、に向き直ると、先程のように優しい眼差しで、言った。

『よかった…貴女が無事で。…幸せにね』

その言葉に、今まで張り詰めていた気持ちが緩んで、は泣いた。
涙にむせいで言葉に詰まりながらも、お礼を言った。
朔に抱きついて、子供のように泣いた。
そして、何度も言った。
ごめんね、という言葉を。
朔も、そんなを、母親のように包み込んで、涙を浮かべながら言った。
謝る事は何もないんだと。
二人の様子を微笑ましそうに見ていた景時は、の頭をポンポンと叩くと、背を向けた。
そして、兵たちが引いて行った方へと歩いていった。
朔から離れると、は景時の背中に叫んだ。

「有難うございました…!」

景時は振り返る事はなく、手をひらひらさせた。
その背を追って、朔は駆けて行った。
朔もまた振り返る事はなく、遠く、陸の上へと去って行った。
船に積んであった小船を下ろし、知盛はに手を差し出した。

『こっちへこいよ…』

その手を取って、も小船へと乗り込んだ。
そのまま、の手を強く引き寄せた。
知盛の胸元に寄り添って、は知盛を見上げた。
腰に腕を回して、しっかりと抱きとめると、言った。

『今度こそ…俺の傍にいろよ…源氏の神子』

それは、あくまでも平家としての言葉。
は、柔らかく微笑むと知盛に向って、言った。

「私はもう…源氏の神子じゃないよ」

(私は……貴方だけの神子。
例え、貴方が私を殺そうとしても…私は逃げない。
貴方を裏切ったりしない。
だけど、本当は信じたい。
これからは、穏やかな時間を、二人だけで生きていくと。
祝福は、もう充分に貰った。
心から大切だった…今でも大切な、かつての仲間達に。
許されなくても。
祝福されなくても。
そう思っていたのは、私だけだったのかもしれない。
だから、今度こそ信じたい。
皆が私を心から思っていてくれた事。
そして、信じてる。
知盛の、確かな想いを…)



遠く、景時によって打ち上げられた、無数の花火の音が響いた。
それが、門出の“ハナムケ”か。
その時から、との音信は途絶えた。
どこまでも流れていく舟に、揺られて…。
二人がどこへ行ったのかは誰も知らない。
けれど、八葉たちは感じていた。
穏やかに流れる、神子の気を。










〜了〜









@後書き@
完結。
一応です、念の為ι
ちょっと、納得いってなかったりもするのですが。
最終的に、どうなるって言うよりも、
書いてる本人としては、外野が気になって仕方ないです(笑
今回は、弁慶、朔、景時しか出てきてないんですけど…
その他の人たちの行動も考え付いているんですよね。
ただ、それをやると物凄く長くなってしまいそうで…(滝汗;;;
なので、今度はそれぞれ他のキャラからの視点等をまとめて入れた
短編を書きたいと思ってます。
で、いつ仕上がるかは、今回も未定ι(マテ
後編でも思いました。

『知盛を書くのは難しい…!!(涙』

口調が、ちっとも定まりません!
なので、ゲーム中の彼の独特の語り口を思い出しつつ
読んで下さると、非常に助かります←他力本願(死
もっと、別の展開もあったかも…?
今回の作品は、書いた自分にとって、
とても考えさせられるものとなりました。

読んで下さって有難うございました★

(2005.01/19・作成)

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